Layer:04 RELIGION ① 「ファントマ」から見える現代社会での監視のあり方その2

前の記事で、劇中の架空のゲーム「ファントマ」が象徴する現代の監視社会について少し触れたが、今回はその構図を近代のそれと対比させて少し考えてみる。

近代におけるパノプティコンは、規律・訓練された主体の形成を目的としていた。
これに対して現代の監視は、個人のデータの記録・管理を目的としている。(見えない監視)
人々は自らの生活の利便性のために自発的に監視されにいく。無意識下で、私たちはそうした権力の統制下におかれている。
lain」第4話での事例は、そのような潜在的な監視の構造を目に見える形にしたものと考えることもできるのではなかろうか。
 
最後に読書案内をしておく。このような現代における監視の構造は、鈴木謙介の『カーニヴァル化する社会』(2005、講談社講談社現代新書)に詳しい。またこれと併せて、フーコーの『監獄の誕生』を読んでみてもいいかもしれない。